店頭でお客様と話をしている中で、たまに「手巻き式は面倒」と言われることがあります。
この面倒の中にはいろいろ意味が込められているようで、ネガティブなイメージとして代表的なのが毎日巻かなければならないということ。
いろいろな方とお話をさせていただき感じたことは、このネガティブなイメージを持つ人には共通点があることです。手巻き式を使っていない、または使ったことがない人ほどネガティブなイメージを持つようです。
完全なる自動的な機械よりも、少々手を加えることにより動いてくれる機械にはとても愛着がわくものです。オルゴールも手巻き式時計と同じような感覚になります。
ゼンマイはきちんと巻いている状態がいい状態であり、このいい状態をキープするため毎日できるだけ定時に巻いていただくようお願いしています。
手にする前は面倒と思われるかもしれませんが、実際に使ってみると面倒なイメージよりは、毎日の恒例行事という感覚になってきます。
朝起きたら顔を洗う、など人にはそれぞれ毎日行う行為が必ずあります。ゼンマイの巻き上げも同じで、慣れてくると生活の中の当たり前行事となっていくのです。
生活のルーチンワークとしてゼンマイの巻き上げが当たり前になってくると、手巻き式が面倒なんていうネガティブな概念自体が消え、ストレスなど感じなくなります。
むしろゼンマイを巻くのが楽しみになるほどです。
当店で手巻き式懐中時計をお買い上げの方から言われたことがあるのは、昔お祖父さんが出勤前に懐中時計のゼンマイを巻いている姿が忘れられず、ある程度の年齢になり懐中時計を持とうと思った、という方もいらっしゃいます。
古いバイクを見ていると、セルモーターなど当たり前にない時代のモデルはキックペダルを踏み込んでエンジンを始動します。寒い季節は簡単にエンジンがかかってくれず、何度も何度もキックペダルを踏み込んで、かかる頃にはオーナーの体がすでに温まったりしています(笑)。
まるで手巻き式時計のように、人力を加えて機械を動かすのです。さらに古いモデルなどでは、乗る前の儀式なんていうものもあります。
現行ではキーをオンにしてセルスイッチを押すとエンジンがかかるわけですが、旧車ではキースイッチをオンにする前にガソリンをキャブレターにある程度流し込むなど一定の動作を必要とします。流し込みすぎるとガスが濃すぎて全然かからなくなる、という現象を引き起こすのですが、それを何年も乗り続けている熟練のオーナーはそんな失敗をしなくなります。
スイッチを押せば誰でも乗れるわけではなく、まるでバイクがオーナーを選んでいるようで、そう思うととても魅力的に感じました。
便利だけで片づけてしまうと前者のスイッチを入れてスターターを押す、ですが乗る前の儀式が当たり前になっている人は、なんのストレスもなくむしろ楽しんで儀式を行いエンジンをかけます。
人間の手を加えて機械を動かすのは、まるで体の一部のようにとても愛着が湧き動かすのが楽しみになってくるのです。
手巻き式時計も同じで、長い年数持てば持つほど深い愛着が湧いてくるのです。
オーナーとの一体感を楽しめるというか、手巻き式時計には他にはない独特な魅力があるのです。
バイヤー:合田圭四郎