写真に写っているムーブメントは、1850年にブランドが誕生してから、アメリカでも数少ない時計の量産ブランドとして名を馳せた、ウォルサムの名作であるリバーサイドです。
今でこそ時計は量産されるのが当たり前ですが、150年近くも前の時代では、時計師が職人技を駆使して一本の作品を作り上げる、現代とは全く違った方法で製作されていたといいます。
なので同じ程度、精度の時計を一度に数十本、数百本つくり上げるということはかなり困難だったのです。もちろん、現代のようにインターネットなど情報発信の方法がないので、スイスの田舎町などで、職人により編み出された画期的な構造などが普及するにはとても時間がかかっていたのです。
もちろんこの時代はパーツも手作りが珍しくないので、まるで芸術品のように一本一本違うコンディションに仕上がっていたと思われます。
そんな中、時計の本場であるスイスとは離れたアメリカ大陸で、ウォルサムの時計は誕生しています。近代的な製造方法と言える、アメリカン・システム(オートメーション)により、精度の高い時計を大量に生産することを可能にしたのがウォルサムの発展のきっかけになったといわれています。
アメリカの鉄道にもウォルサムの時計は貢献し、鉄道時計として今もなお数多くのアンティークが残されています。
バンガードという高級ムーブメントが有名です。
数あるウォルサムの歴史の中でも、今もなお評判が高いムーブメントが「リバーサイド」と呼ばれるもので、時計本体ではなくムーブメントに名称がつけられていました。ウォルサムの高級ムーブメントとして開発され、この機械を見たスイスの時計職人がその技術の高さに驚愕したほどです。
日本人の中にももちろん愛用者が多いのですが、その中でも有名な逸話が、1968年にノーベル文学賞を日本人で初めて受賞した小説家、川端康成が愛用していたという事です。
自身の苗字である川端が、リバーサイドと同じ意味と知り、気に入って購入したというのです。
日本にも数多くリバーサイドは輸入されたという情報がありますが、そもそも高級ラインの時計だったため、金のケースが多く使われていることが多かったのですが、戦時中の金属供出のため、多くのモデルが本来のケースではなく、ニッケルなどに変更を余儀なくされたと言われています。
写真のリバーサイドも供出により、14金張りからニッケルケースに変わっています。
しかしいいコンディションを維持しており、とても半世紀以上前の時計とは思えないほどです。
やはり技能士の充分な愛情を受けてメンテナンスされた時計は、年代を感じさせないほどのいい状態をキープしています。
もちろん、きちんとメンテナンスされている、という事もありますが、もともとがいいムーブメントなのもいい状態で残る理由だと言えます。
安価なモデルには、消耗品や受け石など、それなりの物が使われている事が多くあります。なので劣化もそれなりの速度で進んでしまうのですが、さすが発売当初から高級品と言われていただけに、装飾や各パーツにいいものが使われています。
本当に末永く使い続けたいものは、そのブランドどこまで本気で開発に取り組んでいるのか、細かい部品を見ることが時計を選ぶ基準の一つになるかもしれません。
バイヤー:合田圭四郎